Owner's Career

Howard Lee Regner

1970年代後半、オーストラリアを代表するサロングループのひとつで、4年間の美容師アプレンティスシップ(見習い・研修制度)をスタートしました。そこで、イギリス出身の元Vidal Sassoonスタイリスト2名から集中的なトレーニングを受け、明確で精密なカット技術を学びました。特に重視されていたのが、「Wearability(扱いやすさ)」と「Suitability(その人に似合うこと)」です。Wearabilityとは、その人が持つ本来の髪質や自然な毛流れを活かし、日常生活の中でも扱いやすいヘアスタイルをつくること。Suitabilityとは、顔立ちやライフスタイルに調和し、その人自身の魅力をより引き立てるスタイルをつくることです。この非常に実践的で徹底した美容技術、特にカットに対する考え方が、その後さらに技術を磨いていくうえでの確かな基礎となりました。美容師としてのキャリアをスタートする最初の数年間に、誰と一緒に働き、誰から学ぶかは、その後どのような美容師になるのか、そしてどこまで成長できるのかに大きな影響を与えると、今でも考えています。

1980年代前半 — London & Paris 1980年代前半にはロンドンへ渡り、Vidal Sassoon Londonでアドバンストレーニングを受け、ロンドンのサロンで勤務しました。その後パリへ移り、Jean Louis Deforgesでさらにトレーニングを重ねました。 オーストラリアへ帰国後、シドニーでも特にクールで、ポストモダン、アヴァンギャルド、パンクの要素を持つサロンで働くことになりました。そこは、日々自分の想像力を刺激され、技術力とクリエイティブな感覚の両方を常に試されるような環境でした。サロンには、多くのクリエイターやアーティストをはじめ、エンターテインメント業界の著名人、俳優、そしてシドニーを代表するドラァグカルチャーの人々など、さまざまなお客様が訪れていました。そのサロンで、当時まだ小さな劇団で活動していた若手俳優のヘアを担当する機会がありました。その俳優は後に、1980年代を代表する世界的スターの一人となったMel Gibsonでした。

Fashion, Editorial & Film その後、メディアやファッション誌とのつながりが強い別のサロンへ移り、Australian Vogueをはじめとするオーストラリアのさまざまな雑誌でヘアスタイリングを担当しました。映画の仕事にも携わるようになり、当時オーストラリア映画界で新たな才能として注目されていた、後のアカデミー賞受賞監督Jane Campionとも良い関係を築くことができました。映画の登場人物をどのように見せるのか。監督が思い描くビジョンを、ヘアを通して形にしていく仕事は、とても刺激的で楽しい経験でした。 この時期には、女優Nicole Kidman、俳優Hugo Weaving、ミュージシャン/俳優Phil Collins、ディスコシンガーThelma Houston、そしてオーストラリア版舞台『Fame, The Musical』のキャストをはじめ、演劇・映画界の多くの才能ある方々のヘアを担当する機会にも恵まれました。そのほかにも、ランウェイショーのヘアスタイリング、大手ファッションリテーラーのウィッグスタイリング、撮影のためのセッションスタイリングなど、幅広い仕事を経験しました。

Tokyo 1980年代後半、東京へ移り、約2年間滞在しました。短期間サロンで勤務したほか、エディトリアル撮影やフリーランスを中心に活動しました。1990年後半にオーストラリアへ帰国し、Hyde Parkを正面に望み、Sheraton Hotelに隣接するシドニー中心部のロケーションに自身のサロンをオープンしました。 サロンには、ファッション誌やデザイン誌の編集者、政治家、社交界の方々、モデルなど幅広いお客様が訪れる一方で、「気取らない雰囲気の中で、本当に良いカットやカラーを受けたい」という一般のお客様にも多くご来店いただきました。その後、多くのスタッフと幅広い顧客層を持つサロンへと成長。サロンを売却したのち、新しい環境を求めて再び東京へ移ることを決めました。

Back to Tokyo 東京へ戻った後は、外国人・在日外国人のお客様を多く担当する東京の有名なインターナショナルサロンで、4年以上にわたりディレクターを務めました。そのサロンには、日本を訪れる多くのミュージシャンや俳優も来店していました。そこで出会い、ヘアを担当した一人が、東京で映画『The Ramen Girl』を撮影していた故Brittany Murphyでした。また、世界的に知られるマジシャン/イリュージョニストCyril Takayamaのパーソナルヘアスタイリストも務めました。

GOLD SALON TOKYO その後、再び自分自身で新しいビジネスを始めたいという思いが強くなりました。日本での生活を気に入っていたこともあり、東京で自分のサロンを立ち上げることは、挑戦しがいがあり、同時に大きなやりがいのある仕事になると考えました。 2008年、パートナーであるYoko Yamamotoの大きなサポートを受け、GOLD SALONTOKYOを設立しました。GOLDはその後、英語でのコミュニケーションに対応し、海外のお客様やさまざまな髪質への施術を専門とする、東京のインターナショナルヘアサロンへと成長しました。40年以上にわたりこの素晴らしい美容業界で仕事を続ける中で、世界各国の非常に優れた美容師たちと一緒に働く機会に恵まれただけでなく、さまざまなバックグラウンドを持つ多くのお客様から信頼をいただき、ヘアを任せていただくことができました。美容師という仕事を選び、これほど多くの素晴らしい人々と出会い、仕事をする機会に恵まれたことを、とても幸運に、そして謙虚な気持ちで受け止めています。